生きるための言語学

生きるための言語学

 

 みなさんお元気ですか?生きていますか?子供の頃のような無邪気さを取り戻したい今日この頃です。月はまあるいです。

 日本は少子化ですね、つまり孤独な人が増えるってことなんじゃないでしょうか?23年間愛されたこのない人生を送っていると考えずには生きていけませんから、どうして孤独なのか、苦しいのか?せめて脳細胞の片隅だけでも使って逃れようと試行錯誤するのです。

 けれど、人生をもっと幸せにしたいと思って見ても、幼少の様にうまく世界を見渡すことができないでいるんです、インターネットの海の中にはひたすら「なぜなぜ」と、様々な禅問答が繰り広げられていますが、無意味だと思うんですよね、人間の知覚って五感で成り立つから、言葉だけ満足させても仕方がないっていうか、だって全てあっての「人間」ですから。けれど電車に乗れば異様なほどスマホをいじっている人ばかり、目の下のクマが増えてくるわけだけど、逆にそれが無意識のうちに日本人のスタンダードになるんじゃないかなって思ったり。

 だから私はもっと「生きるための言語」をみんなが話す様になればいいなって、だって大抵の人の会話って機械の様に感じてしまうから、レジでの会話の「ありがとう」や仕事での「ありがとう」も決まりになってしまえば感情は消えるものだから、それを打開するにはみんながもっともっと独自性のある言葉を喋る様になるしかない。

 

 独りよがりだと思うけど、それでいいんですよ、初めて何かをする時はいつだって一人なんだから、神聖かまってちゃんのの子も、アインシュタインも、ベートーベンも、画期的なものは一人から、誰かがハタと気づくものでしょうに、

 

世界中にもっともっと面白い人生【あそび】が蔓延ります様に。あなたがもっともっと面白い世界を作れる様に。