狂信的な憂鬱

世界は複雑すぎて今や誰の手にも負えない、

私は働く先が見つからず、なのに精神的に弱っているのだ、

切実な、余りに切実な言葉が芸術に消化される、

私は不誠実だ、生きることに不誠実だ、

現実が見えない、私は私に対して厳しく生きている、

私は苦しい、体が苦しくてたまらない、

勧善懲悪さえもただの人間の決めたつまらない弱肉強食の世界に見えるのだ、生物という単純な営み、その中で生まれる苦しみ、

一体なぜ人間は苦しみを感じる様に作られたのであろうか、

ただの快楽だけの頭脳でよかったのに、本当にそれだけでよかったのに、どうして私は苦しんでいるのだろうか、

それは単にぼくの思想そのものによるのだろう、かつて信じていたものに対して僕自身が敗北してしまったのだ、私の意志は誰よりも強いという、空を駆け巡る月の様に大きく、周期的に、どこまでも個人として存在し、強さ、エゴイズムを抱えていると、しかし今ぼくはぼく自身に対して敗北している、私は求めている、私というエゴイストが導き出そうとしている、日本に存在していないものをぼくは求めていたい、この世に存在し得ないと思っていたものにぼくは触れてみたい、ひたすらに凡庸として存在していたくはない、あらゆる自由を唾棄することが出来ないでいる、ぼくは子供のままで、成長という言葉をまだ知らないで居る、ぼくは触れなければならない、考えなければならない、僕自身の脳がこれからも生きていけるように、次の一閃に触れられるように、

言葉の魅力というものにもっともっと触れていたい、美しさに酔いしれて居たいのに、だから駄文を打ち続ける、どこまでも、どこまでも純粋で成長し得ない駄文として今ここにぼくは在る。

誰も願いはきっと叶うと考えているのだろうか、それは現実的に考えて馬鹿馬鹿しいと思う、願いは叶わないものだ、特にそれが他者という観念に過ぎないものに規定されていることに気づいていない以上、しかしぼくはいま、他者という観念から逃げ出せずに居る、いったいどうして自由などという物を人は願うのだろうか、次に進めない、ぼくはそれでも次の言葉を、音楽を、科学を、うつくしさを僕自身に見つけ出したい、なぜ空は青いのか、ぼくはぼくの言葉を成長させる、食べていく、ぼくはぼくの音楽を育てていく、孤独に一人で、小さく小さく、食べていく、あらゆる音楽をむさぼって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狂信的な憂鬱

世界は複雑すぎて今や誰の手にも負えない、

私は働く先が見つからず、なのに精神的に弱っているのだ、

切実な、余りに切実な言葉が芸術に消化される、

私は不誠実だ、生きることに不誠実だ、

現実が見えない、私は私に対して厳しく生きている、

私は苦しい、体が苦しくてたまらない、

勧善懲悪さえもただの人間の決めたつまらない弱肉強食の世界に見えるのだ、生物という単純な営み、その中で生まれる苦しみ、

一体なぜ人間は苦しみを感じる様に作られたのであろうか、

ただの快楽だけの頭脳でよかったのに、本当にそれだけでよかったのに、どうして私は苦しんでいるのだろうか、

それは単にぼくの思想そのものによるのだろう、かつて信じていたものに対して僕自身が敗北してしまったのだ、私の意志は誰よりも強いという、空を駆け巡る月の様に大きく、周期的に、どこまでも個人として存在し、強さ、エゴイズムを抱えていると、しかし今ぼくはぼく自身に対して敗北している、私は求めている、私というエゴイストが導き出そうとしている、日本に存在していないものをぼくは求めていたい、この世に存在し得ないと思っていたものにぼくは触れてみたい、ひたすらに凡庸として存在していたくはない、あらゆる自由を唾棄することが出来ないでいる、ぼくは子供のままで、成長という言葉をまだ知らないで居る、ぼくは触れなければならない、考えなければならない、僕自身の脳がこれからも生きていけるように、次の一閃に触れられるように、

言葉の魅力というものにもっともっと触れていたい、美しさに酔いしれて居たいのに、だから駄文を打ち続ける、どこまでも、どこまでも純粋で成長し得ない駄文として今ここにぼくは在る。

誰も願いはきっと叶うと考えているのだろうか、それは現実的に考えて馬鹿馬鹿しいと思う、願いは叶わないものだ、特にそれが他者という観念に過ぎないものに規定されていることに気づいていない以上、しかしぼくはいま、他者という観念から逃げ出せずに居る、いったいどうして自由などという物を人は願うのだろうか、次に進めない、ぼくはそれでも次の言葉を、音楽を、科学を、うつくしさを僕自身に見つけ出したい、なぜ空は青いのか、ぼくはぼくの言葉を成長させる、食べていく、ぼくはぼくの音楽を育てていく、孤独に一人で、小さく小さく、食べていく、

 空から声が降ってきた、

沢山の声がぼくの目の前には現れた、

静かな静かな湖の前で、

ぼくは誰でもない人を見た、

壊れそうな友人のロゼッタ

彼女は彼でもなく繋がりようのない鎖の様なものだ、

気持ちは移る、ニューロン

空間そのものを介して、

伝達する無意味さ、

人間の脳では処理しきれない全く新しい情報群、

惑星たちの乏しさ、

滅茶苦茶になりたい、そういう願望がある、

犯してほしい、rape me 、だ、、

ドラッグに塗れるべきだ、僕たちは、

酒をもっと飲んで、可笑しくならないと息を続けてられない、

もっともっと薬が欲しい、

自分の言葉はもはや陳腐化しすぎて言葉として体を成さない、

言葉と、音楽を喰い散らかして、

形骸化していくぼくという無意味さ、

ああ世界で一番無意味な言葉、

狂っていたい、可笑しいと侮辱されていたい、

しかし誰も居なければ何の高揚感も無ければ、

何の希望も残されていない、

音楽なんてのはオナニーをせせ笑いながら手伝う風俗嬢の

様なものだ、

何の役にも経たない、誰も救わない、

これほど人に害を成すものも少なくない、

音楽はぼくを裏切った、ぼくを容赦なく殺そうとした、

ぼく一人音楽は不気味で、けれど何も出来ない童貞を恥らう少年の様なそんなものだと良く知っている

つきが落ちて人類は絶命した、

ひとりきりでひとりきりの食べ物を食べていたい、

脳みそを使いたくは無い、

唯環境に犯されるのが人間の正しい生き方なんだろう、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒトラーが好きだ

ぼくはヒトラーが好きだ、彼は悪人であるし、それは間違いない、世界を酷く醜いものにした、裁判に賭けられ殺されるべき存在だろう、そんなことは重々承知だ、ヒトラーは悪人だけれどぼくは彼が好きだ。

けれどぼくはヒトラーが好きだ、ぼくは独裁者に惹かれている、彼らの語る空想に、残酷な空想に、ぼくが最も憎むべき空想にぼくは弾かれている、我が闘争はぜひ呼んでみたい、

芸術の盲目性

芸術をするためには盲目で無ければならない、でなければ他者を外界に感じ取り他者の言葉から人々は言葉を紡ぎ出す羽目になるだろう、

 芸術とは人類をある種の浮遊感に引き込むことに他ならないからだ、その為には人は己の内にあらかじめ幸福感、浮遊感、高潔感をその内に内包していなければならないからだ、

 その盲目性そのものにどれだけの美しさを受け取ることが出来るか、それに意味を人間の持ちえる全身の感覚器でもって感じえることが出来るだろうか、人は何かを知った後に無知になれるだろうか、それが重要なのだと思う。

 私は高潔でありたい、美しくありたい、誰よりも盲目で、貪欲でありたい、あらゆる幸福を貪りたいのだ、やはり分かるものではなく分からないからこそ神聖さを感じえるのだと思う。

脳に佇む言葉たち

私たちという言葉は一体なんだろう、言葉は私たちにとっての一体なんだというのだろう、力を抱えていなくてならないのは事実であろうが、僕たちは余りに無知で無気力だ、だからどれだけの力があるか感じなくては何も生み出すことが出来ない、何も行うことが出来ない、言葉は何であるか、私たちは見つけ出さなければならない高潔な流血の中で流れる煉獄の思考、脳の中で繰り広げられる空想の乱高下、無意味の意味の意味、あれはこうだと、これは、あれだということにいかほど力が宿ることが出来るだろう、それに対しては私たちは余りに無力で力が無いままである、なんにしても快楽に浸ることでしか芸術派ありえないであろう、

 

作家とはつまり現実を認識していながら現実を越えようとするものの事である。

 

キャシャーンと言う映画

  ダサい、とにかくダサい、めちゃんこダサい人造細胞、大量の鉄人28号、人類滅亡、大亜細亜連邦共和国、聞いていて此方が困惑するような言葉の螺旋、オペラ調で語られる馬鹿馬鹿しいにも程にも在る大げさな物語、一々大げさだと思わずには居られない、幼稚な大人たちがそこにはいる、だからこそその言葉や音楽に誠実さが、人間の生生しい程の弱さが物語に宿るのだ。

 映像の中には子供の頃にダンボールを丸めてちゃんばらごっこをしていた景色を思い出さずには居られない、映画というのはやっぱり作り物で映画であるこそ素晴らしいのだと、映画人間の底力を見せ付けられた気持ちだ、映画に飲み込まれると言うのはこういうことなのだなと改めてぼくは感心した。

 脳の内には皆物語を孕んでいる、人間には生きるために物語を欲するのだと、ダサいと言ったが前言撤回だ、最高にかっこいい、要所要所素晴らしい景色がこの映画にはある、映画として現実に対する戦いがあると思う、ところどころ戦争のリアルな映像がところどころに挿入される技法が僕はなんともいえない生きることに対するおぞましささえ感じ取れた、感じられる、感覚として感じられるというのは映画にとってもっとも大切なことではなかろうか、ぼくはそれを感じ取ることが出来た、皆が最後に死んでおきながら「それは決して難しいことじゃない」と主人公が語る理由は一体なんだろうか、

 

ふと思ったが虐殺器官キャシャーンの焼き増しではなかろうか、オマージュといったほうがいいかもしれないけれど、余りに展開が似ていると思った、

誰からも愛されないということ

ああ、誰からも読まれない僕の文章、

ああ、誰からも好まれない僕の歌、

 

お前はどうせ苦しんでいる振りをしているのだろうと、

 

誰かは幸せそうにして誰かは不幸、

 

はい、世界は終わりました、

皆死にました、めでたしめでたし。